言葉にすることが生活の一部になっている。
考えたことを整理して、伝わる形にする。
それを繰り返しているうちに、言葉にできることをどこかで信じきっているのだと思う。
けれど、本当にそうだろうか。
舞台の上で、ふと相手の目を見たとき。
稽古の終わりに、誰かが何も言わずにうなずいたとき。
観客席の静けさが、わずかに揺れた気がしたとき。
それは確かに何かが起きているのに、
うまく言葉にできない。
説明しようとすると、少し違ってしまう。
整えようとすると、どこかがこぼれ落ちる。
言葉にした瞬間に、その輪郭が崩れていくような感覚がある。
だから、少しだけそのままにしておくことも必要なのではないだろうか。
言葉にしないまま、胸の中に置いておく。
無理に意味を与えず、ただ残しておく。
不思議なことに、そういう瞬間ほど、あとからじわじわと効いてくる。
ふとしたときに思い出して、あのとき確かに何かがあったと気づく。
もしかすると、大事なものの一部は、
最初から言葉になることを拒んでいるのかもしれない。
すべてを説明しなくてもいい。
すべてを理解しなくてもいい。
ただ、確かにそこにあったという感覚だけを、
手放さずにいられたら、それで十分なのだと思う。
言葉にできない瞬間は、
言葉を超えて残るものなのかもしれない。
