偶然だけではない

僕はある程度、過去生というものを信じているところがある。縁というのは、単なる偶然ではないと思うことがある。

もちろん、それを証明する術はない。科学的に解明できるように研究をしていいる人たちもいる。ただ、根拠なしで、人生の中には「なぜか出会ってしまった」としか言いようのない人がいる。

初対面なのに妙に懐かしかったり、長い時間を一緒に過ごしたわけでもないのに、不思議と感覚が通じたりする。逆に、何も悪いことをされたわけではないのに、どうしても距離を感じる相手もいる。理屈だけでは片付けられない感覚というものは、確かに存在している気がする。

人との出会いは、タイミングも含めて不思議だ。

もし数年ずれていたら出会っていなかったかもしれない。場所が違えば、一生交わることもなかったかもしれない。それでも、なぜか人生のある瞬間に線が重なる。そう考えると、縁というものには目に見えない流れがあるようにも感じる。

過去生という言葉が正しいのかはわからない。けれど、人は何かを引き継ぎながら生きているのではないかと思うことはある。記憶としては残っていなくても、感覚や直感として、どこかに痕跡があるのかもしれない。

だからこそ、出会いを雑に扱いたくないと思う。

どんな人とも深く関わる必要はない。でも、自分の人生の中で心が動いた出会いというのは、大事にしたい。そこにはきっと、自分ではまだ理解しきれていない意味がある。

人との縁は、後になってから意味がわかることも多い。

あの時、あの場所に行ったから。
あの人と言葉を交わしたから。
あの出来事があったから。

人生は、そんな小さな点の積み重ねでできている。そして時々、その点と点が、不思議なくらい綺麗につながる瞬間がある。

そういう瞬間に触れるたびに、やはり縁というものは、偶然だけではないのだろうと思ってしまう。

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