「イン・ザ・メガチャーチ 」読了

ようやく 「イン・ザ・メガチャーチ 」を読み終えた。分厚い本だったので、割と時間がかかった。読み終えたあと、しばらく、ただぼんやりとしてしまった。あのラストへ向かって加速していく感覚が、とにかく凄まじい。ページをめくる手が止まらないというより、読者側もあの巨大な熱狂の渦に飲み込まれていくようだった。

朝井リョウという作家は、以前から「今」という時代の空気を切り取るのが異様に巧みな人だと思っていたが、この作品では、その鋭さがさらに研ぎ澄まされていたように感じる。推し活やファンダム、承認欲求、SNS、炎上、集団との熱狂など、そこまで宗教的ではない日本人が「熱く」なるものとは何か。現代では日常の一部になっているそれらを、朝井さんは安易に肯定も否定もせず、鋭い視線で容赦なく描き出していく。その言葉のひとつひとつが妙に現実味を帯びていて、読んでいるうちに何度も心をえぐられる感覚があった。
特に印象的だったのは、「人は何を信じて生きているのか」という問いが、物語全体にずっと流れていることだ。宗教が弱くなった社会の中で、人々は別の救いを探している。その対象が、アイドルだったり、俳優だったり、コミュニティだったりする。朝井さんは、それを単なる「趣味」として描いていない。むしろ、生きるための拠り所として描いているからこそ怖い。

だから、この作品は単なる「推し活批評」では終わらない。
熱狂する人々を笑う小説ではなく、「なぜ人はそこまで何かを信じたくなるのか」を突きつけてくる。

SNSを開けば、毎日なにかしらの正義が飛び交っている。誰かを持ち上げ、誰かを叩き、空気が一気に変わる。そのスピード感を、この小説は恐ろしいほどリアルに再現していた。読んでいて、「これはフィクションなのに、どこかで見たことがある」と何度も思った。

そして、あの終盤である。
静かに積み上げられていた違和感や不穏さが、一気に臨界点を超えていく。まるで暴走列車みたいに、カオスへ向かって加速していく。読者は止められないまま、その熱狂の中心へ連れて行かれる。あそこまで一気に読ませる筆力は、本当に凄い。

今年の本屋大賞を受賞し、売れている理由も非常によく分かる。同時に、ずっと気になっていることがある。

実際に、日々「推し活」に人生を注ぎ込んでいる人たちは、この小説をどう捉えたのだろうか。

「わかる」と感じたのか。
「刺された」と感じたのか。
それとも、「これは自分たちを馬鹿にしている」と感じたのか。

おそらく、その全部なのだと思う。

この作品の面白さは、読者が完全に安全圏には立てないところにある。推し活をしている人だけではなく、SNSに依存している人も、コミュニティに救われた経験がある人も、何かを強く信じたことがある人も、全員どこかで当事者になる。

だからこそ、読み終えたあとに妙な疲労感が残る。
エンタメとして面白かった、だけでは終われない小説だった。

是非、多くの皆さんに手に取って欲しい本である。

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