今夜は本がない

読んでいた本を読み終え、次に読もうと思っていた本を研究室に置いてきてしまったことに気づいたのは、帰宅してしばらくしてからだった。ああ、やってしまったな、と小さくため息が漏れた。

珍しく、本を読まない夜になってしまった。

ここ最近は、毎日、必ず本を開いていた。数ページだけの日もあれば、気づけば深夜まで読み進めてしまう日もある。けれど、とにかく文字を追わないまま一日を終えることはほとんどなかった。だからなのか、今日はどこか落ち着かない。静かな部屋の中にいるはずなのに、心のどこかに空白ができてしまったような感覚がある。

次に読む本は決まっている。だから余計に、その本が今ここにないことが惜しかった。

自分は、昔からいわゆる読書家だったわけではない。学生時代も、山のように本を読むタイプではなかったし、気分が向いた時だけページをめくる程度だったと思う。それでも最近は、意識的にインプットを増やしたいと考えるようになった。

書物を通して、他者の思考に触れる。自分にはなかった視点に出会う。そんな体験を繰り返していると、少しずつ世界の輪郭が変わっていく気がする。知識が増えるというより、物事の見え方が増えていく感覚に近い。

教養という言葉は、どこか堅苦しく聞こえるかもしれない。しかし実際には、自分の感情や価値観を支えてくれる土台のようなものなのだと思う。知恵というのは、ただ情報を持っていることではなく、他者を理解しようとする姿勢の積み重ねなのかもしれない。

だから僕にとって読書は、単なる娯楽では終わらない。もちろん面白い物語に没入する時間も好きだ。けれど、それ以上に、自分ではない誰かの人生や思想に触れられることに意味があると思っている。

特に、映画化される作品には強く惹かれる。

文字だけで描かれていた世界が、映像としてどのように立ち上がるのか。それを見るのが好きだ。本を読んでいる時、人はそれぞれの頭の中で風景をつくり、声を想像し、登場人物の表情を思い描いている。その曖昧で自由だったものが、映像作品になることで輪郭を与えられる。

その瞬間に、期待を裏切られることもある。「自分が思い描いていたものと違う」と感じることも少なくない。けれど逆に、活字では届かなかった感情が、音楽や俳優の表情、カメラワークによって一気に胸へ飛び込んでくることもある。原作を超えた、と感じる作品に出会う瞬間はやはり特別だ。

だから両方に触れていたいと思う。本を読み、映画を見る。そして、自分の中で比較しながら考える。同じ物語でも、表現方法が変われば、こんなにも違う景色になるのかと驚かされる。

今夜は本がない。しかし、読みたい本があり、その続きを楽しみにしている。そんな感覚を持てていることを、少し嬉しく思っている。

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