人は誰しも、いつか前線を退く時が来る。
それは仕事かもしれないし、地域活動かもしれない。舞台や組織、あるいは何かのプロジェクトかもしれない。どれだけ情熱を注ぎ、時間を費やし、自分の人生の一部になったものであっても、その役割を手放す日はやってくる。
その時に大切なのは、潔く過去の人になることだと思う。
自分が築いてきたものへの愛着はある。苦労した記憶もある。だからこそ、「本当はこうした方がいい」「自分だったらこうするのに」と口を出したくなることもあるだろう。
しかし、時代を作るのは今そこにいる人たちだ。
かつての成功体験が、これからの時代にも通用するとは限らない。むしろ、新しい世代は新しい課題と向き合い、新しい価値観の中で試行錯誤していくものだ。そこに必要なのは、過去の正解ではなく、自分たちで考え、自分たちで選び取る自由なのだと思う。
もちろん、歴史や経験は大切だ。
先人が積み上げてきたものがあるからこそ、今がある。その意味で、過去の世代が果たした役割は決して消えることはない。
ただ、その価値を証明するために居続ける必要はない。
本当に良いバトンパスとは、次の走者が走りやすいように手を離すことなのかもしれない。
自分がいなくなった後も組織が続いていく。自分が知らない人たちが集まり、自分が思いつかなかったようなアイデアが生まれていく。そして、自分の想像を超えた未来が作られていく。
それは少し寂しいことでもある。
けれど、その寂しさこそが世代交代の証だ。
自分が中心だった時代は終わる。だからこそ、新しい人たちが中心になる。その繰り返しによって、社会も文化も組織も生き続けていく。
退いたら潔く過去の人になる。
自分の役目を果たしたことへの誇りであり、次の時代への信頼でもある。
未来は、今そこにいる人たちのものだ。だから私は、その未来を作ろうとしている人たちを信じて見守りたいと思う。過去にしがみつくのではなく、過去として静かに背中を押せる人でありたい。
