もの凄い映画を観た。
『急に具合が悪くなる』。
3時間を超える長編映画なのだけれど、不思議なほど長さを感じなかった。飽きることも、間延びすることもなく、ただ静かに時間が流れていった。
その理由の一つは、登場人物たちの哲学的な対話にあるのだと思う。
「不可能なものは不可能です。でも、可能になるまでは、です。」
そんな言葉が、この映画の中で深く残った。
人は、できないことを前にすると、いつの間にか「不可能」という言葉で思考を止めてしまう。
でも、本当に不可能なのだろうか。
まだ方法が見つかっていないだけなのかもしれない。
まだ時間が足りないだけなのかもしれない。
まだ、誰もそこまで辿り着いていないだけなのかもしれない。
不可能と可能の境界は、思っているほど明確ではない。
その境界線を少しずつ動かしていく。
試して、失敗して、考えて、また試す。
その先に、昨日までは存在しなかった「可能」が生まれる。
映画の中で交わされる言葉は、単なる会話ではなかった。
人生について、他者について、そして自分自身について考えさせられる時間だった。
3時間を超える映画なのに、時間が流れていく感覚すら忘れていた。
たぶん、そこには「答え」がなかったからだ。
答えを与えられるのではなく、問いを手渡される。
そして、その問いを抱えたまま、自分自身の人生へ戻っていく。
映画を観終わったあとも、いくつかの言葉が頭の中に残っている。
「不可能を可能にするまで。」
それは、映画の中の登場人物たちだけの言葉ではないように思えた。
自分自身にも向けられているような気がした。
不可能だと思っていることがある。
けれど、それを不可能だと決めるのは、まだ早いのかもしれない。
可能になるまで、やってみる。
その時間そのものに、人が生きる意味の一つがあるのかもしれない。
そんなことを考えさせられる、もの凄い映画だった。


