出来事だけを切り取れば、どちらか一方に原因があるように見えることがある。けれど、その出来事に至るまでには、それぞれにそれぞれの物語がある。
傷つけられた側には、その瞬間までに積み重なってきた思いや、その言葉をどう受け取ったのかという物語がある。
一方で、傷つけた側にも、そこに至るまでの迷いや、言えなかったこと、抱えていた事情がある。もちろん、それが誰かを傷つけたことの理由になるわけではない。ただ、人は突然誰かを傷つけるのではなく、自分の物語の中で何かを選び、言葉にし、行動している。
だからといって、どちらも同じだけ正しいということではない。
ただ、一つの出来事には、一つの物語だけではなく、複数の物語が重なっているのだと思う。
自分が傷ついたときは、自分の痛みしか見えなくなる。それは当然のことだと思う。
でも、少し時間が経ったときに、「あの人には、あの人の物語もあったのだろう」と考えられる余白が持てたらいい。
許すためではなく、相手を正当化するためでもない。
ただ、人を一つの出来事だけで決めつけないために。
そして、自分自身もまた、誰かの物語の中で、知らないうちに誰かを傷つける側になっているかもしれないことを忘れないために。
人と人との間に起こることは、いつも少し複雑だ。
だからこそ、目には見えにくい、言葉にしづらい、それぞれの物語にも目を向けていたいと思う。




