飛行機に乗ると、だいたいいつも同じことが起こる。シートに身を沈め、ベルトを締めたと思った次の瞬間には、もう意識が遠のいている。気づけば離陸している。時計を見ると、思っていたほど時間は経っていない。もう少し眠れたらいいのに、と毎回思うのだが、深く眠れるほどでもない。結局、機内の飲み物サービスの頃には目が覚め、コーヒーを受け取り、出発前に買った小さなお菓子を口に運ぶ。まるで決まった手順をなぞるような、パターン化された行動だ。
さて、今回の学会出張も、知的好奇心を刺激される時間となった。さまざまな発表や議論に触れるたびに、やはり学ぶことは多いと実感する。こうした場に身を置くと、自分は研究者であり続けたいのだと、あらためて思わされる。なかでも今回の基調講演は、少し贅沢だと感じるほどだった。テレビで見慣れたお池上彰先生の講演は、期待を裏切らないどころか、それを軽々と超えてきた。知識は尽きることなく語られ、その一つひとつにウィットがあり、話全体が無駄なく美しく構成されている。まるで上質な落語を聴いているかのようで、世界95カ国を訪れてきた国際ジャーナリストとしての経験が、言葉の端々に説得力を与えていた。
講演のテーマは、グローバル人材育成において宗教観を理解する必要性についてだった。人々が何を信じ、何を大切にして生きているのか。その多くは、宗教という枠組みの中で形づくられている。キリスト教の聖書やイスラム教のコーランを読むことで、初めて見えてくる価値観や思考の前提がある。異文化を理解するとは、本来それほど深いところまで踏み込まなければならないものなのだろう。
一方で、日本人はしばしば自分たちを無宗教だと捉える。しかし実際には、初詣や七五三、結婚式、葬式といった宗教的な営みを、何の違和感もなく生活の一部として行っている。信じているものがない、とはどういう状態なのだろうか。講演を聴きながら、そんな問いが静かに頭の中に浮かんできた。
学会で得たさまざまな話を、自分自身の知識やこれまでの経験と結びつける。研究や授業の中で、今日もらったヒントをどう生かしていくかを考える時間こそが、学会に参加する醍醐味なのだと思う。飛行機の中で繰り返される、あの小さな習慣のように、学びもまた、少しずつ積み重なっていく。その積み重ねが、自分を次の場所へ運んでくれるのだろう。
