私の中には、たしかに「怒り」がある。
ふとした瞬間に顔を出す、熱く、苦しく、時にやるせない感情。
けれど、私は思う。
この怒りを、ただ厄介な感情として封じ込めるのではなく、
もっと別の形で生かすことはできないだろうかと。
怒りがあるからこそ、私は前に進めるときがある。
「なにくそ」と歯を食いしばることで、
目の前の壁に立ち向かってきた。
誰かに見下されたとき、傷つけられたとき、
その悔しさが、私を突き動かした。
もっと先へ行きたい。もっと高く。
このままでは終われない、という強い衝動が、
私を前に押し出してくれるのだ。
怒りは、ときに、希望の炎にもなり得る。
ただ爆発して燃え尽きるのではなく、
心の奥で静かに燃え続ける薪のように、
長く、自分を温め続ける熱になる。
使い方さえ間違えなければ、それは力だ。
怒りの奥にあるもの、それは、
譲れない想い、叶えたい夢、守りたい何か。
まだ言葉にならないそれを見つけ出すことで、
怒りは、憎しみではなく、意思となる。
感情を押し殺すのではなく、
感情に飲み込まれるのでもなく、
怒りさえも自分の一部として引き受け、
進む力に変えていく。
そんな生き方があるのではないだろうか。
