フェリーを乗せて

フェリーに車を乗せて、一晩を海の上で過ごすことになる。
こんな体験は、そう何度もあるものじゃない。

ゆっくりと岸を離れていくあの瞬間から、日常が少しずつ遠ざかっていく気がする。見慣れた街の灯りが小さくなっていくたびに、自分もまた、どこか別の場所へ運ばれていく。

どんな旅になるのだろう。
胸の奥で、小さな期待が波のように揺れている。

とはいえ、現実はきっとあっさりしているのかもしれない。夜の航海。気づけばすぐに眠りに落ちて、目が覚めた頃にはもう目的地が近づいている。そんなものだろうとも思う。

それでもいい。
むしろ、それくらいがちょうどいい。

ここ最近は、あまりにも慌ただしかった。
次から次へとやるべきことに追われ、気づけば一日が終わっている。立ち止まる余白もないまま、時間だけが先へ先へと進んでいった。

だからこそ、この時間は貴重だ。
強制的に切り離された、ほんの少しの“余白”。

デッキに出れば、夜の海は風が強く、吸い込まれそうなほどに暗い。
何かをしなければいけないわけでもない。
何かを考え抜かなければいけないわけでもない。

ただ、流れていく。

そんな時間を、自分はどれくらい持てていただろうか。

また、着いたら慌ただしくなる。
新しい場所、新しい空気、そしてやるべきことが待っている。

だから今は、あえて何もしない。
波に任せるように、時間に身を預ける。

この静かな夜が、きっと次の一歩を少しだけ軽くしてくれる。

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