年末年始という言葉を、私たちはあまりにも自然に使っている気がする。一年の終わりと始まりがひと続きになった、少し特別な時間なのだろう。けれど、ふと考えると、この「年末年始」という感覚は、いつから日本にあったのだろうかと思う。
日本には古くから「正月」を大切にする文化はあったと言われている。年神様を迎え、新しい年の実りや無事を祈る。奈良時代や平安時代には、すでに年の始まりを特別なものとして迎える儀式や作法が存在していたらしい。
一方で、年末もまた重要な意味を持っていたそうだ。大掃除をし、用事を片付け、心身を整える。年末は、終わりというよりも「備え」の時間だったのだと思う。次の年を迎えるための助走期間。区切りではあるが、主役ではなかった。
では、「年末」と「年始」をひとまとめにした今のような年末年始の感覚は、いつ生まれたのか。それは、実はそれほど古いものではないみたいだ。
明治時代に西洋暦が採用され、官庁や学校、企業といった近代的な制度が整えられていく中で、「仕事納め」「仕事始め」という考え方が生まれたと言われている。戦後になると、年末年始休暇が社会全体に広がり、テレビや新聞もこの時期を特集するようになる。こうして、社会が一斉に立ち止まり、同じリズムで年をまたぐ時間が形づくられていった。
つまり、正月を大切にする心は古くからあったが、年末と年始をセットにした「年末年始」という期間の意識は、近代日本が生み出したものだと言えそうだ。伝統的な祈りの時間と、現代社会の区切りが重なり合うことで、私たちは自然と立ち止まり、振り返り、そして次を考える。
年末年始は、ただの休みではない。過去と未来のあいだに置かれた、静かな中間地点のような時間だ。そう思うと、この何もしないような数日間も、ちゃんと意味があるのかもしれない。
___________
幕末・維新佐賀の八賢人おもてなし隊は、2月6日(金)・7日(土)に、江藤新平の一生を描いた歴史劇「江藤新平伝〜星の奇跡〜」を、東与賀文化ホールで上演をします。
チケットは絶賛発売中です。こちらからどうぞ!→https://forms.gle/iWgPvNeAThAUUNAe7


