創作の時間

みなさん、

こんばんは。より一層身近なところで物事が慌ただしくなってきました。自分ごととして考えることは大事ですが、そのことで振り回されないようすることも大切だと考えます。

物事は世界規模であることもひしひしと感じています。アメリカにいる友人たちのFBの投稿をみるのですが、店頭からトイレットペーパーがなくなったり、そのことに対して店員に暴言を吐いたりすることが起きているようです。ちょっと前の日本と同じですね。なに人だとか言っていられる段階ではないですね。本質的なグローバル社会として、同じ地球人として困難に立ち向かっていかなくてはならない時期にきています。

だからと言って、私に大きなことができるわけでもないです。まずは手洗い、うがい、アルコール消毒などをやって身を守るだけです。それでもかかってしまったら仕方ないですが…。

そして、今自分にできることは一人でもできる創作活動、つまりは脚本を書くことや作詞をすることです。世の中が慌ただしいから集中できないなんて言い訳をしているようでは恥ずかしいだけです。私の仲間、比留間光悦さんや弓削田健介さんは、毎日のようにせっせと曲を作ったり、SNSで動画配信をしています。こんな時期だからこそできることをやっています。私も彼らの仲間として恥じぬように、そして与えられた時間を無駄にしないように創作しています。おかげさまで物語の構想が2本できました。これから脚本の形にしていきます。

私の作品作りの場合は分担作業であり、私が脚本を書き上げたところで創作は終わりではないです。むしろそこがスタート地点であり、そこから作曲家に歌を作っていただき、歌の先生に歌唱指導していただき、ダンスの先生に振り付けを考えて指導していただき、私は総合的に演出を考えてメンバーを動かすという作業がでてきます。作品の仕上げについては、音響や照明さんの力が必要になってくるので、その段取りをしていきます。創作のプロセスの中で、スタート地点に立つまでとそれから作り上げるのと、同じくらいに時間を要するのです。今年は怪我の巧妙として、執筆を睡眠時間を削ってまでやらずに済んでいます。

そんな私ですが、実はだいたいは常に動いておかないといけない多動な人です。だから執筆という地味な作業をパソコンとにらめっこしながらやって、集中して自分に向き合うのはそんなに簡単ではありません。集中できたらいいのだけど、集中するまでが大変ということは、結局は集中力に欠けているのです。自分がそういう部分があるということはわかっているし、それを急には変えられないのも知っています。だけど、そこを言い訳に創作を先延ばしにすることもできないです。

ダメな自分も、いい自分も、全部自分です。そんな不完全な自分を認めてあげて、最大限に生かして、できるだけいいものを作ることやっていくしかないです。

それが創作の時間というものです。

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