“たられば”の思考

悔しいことが重なると、心は少しずつ擦り減っていく。
「もしあのときこうしていれば」「あれさえなければ」と、“たられば”の思考が、頭の中をぐるぐると回りはじめる。

けれど、それに呑まれてしまえば、前に進む力は奪われてしまう。
大切なのは、感情に蓋をすることではない。悔しさを丁寧に受けとめて、冷静に、次にどう活かせるかを考えることだ。

「成功とは、熱意を失わずに失敗を重ねられる能力である」——ウィンストン・チャーチルの言葉が胸に響く。

ただ落ち込むだけでは、何も変わらない。悔しさは痛みであり、同時に、エネルギーにもなり得る。上を目指すには、一度しゃがむ必要がある。ジャンプも同じだ。屈んで、力を溜めて、そして跳ぶ。

つまりは——物事は言いよう。見方ひとつで、世界の色は変わる。
どんなに苦しくても、光の射す方へ、顔を向ける勇気を忘れたくない。

悔しさは、心を強くする種だ。
その種を、どう育てるかは、私自身にかかっている。

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