私は、母にいつも言われてきた当たり前のことが、実はまったくできていなかった。ご飯をゆっくり味わうことも、十分な睡眠を確保することも、安全運転も。忙しさに追われると、気持ちの余裕まで失ってしまう。そんな自分に、少しばかり天罰のような出来事が降ってきた。
困った状況に陥ったとき、多くの人が手を差し伸べてくれた。誰もが優しく、丁寧だった。あの時ふと考えた。私は、彼らのように誰かを支えられる人間だろうか。胸の奥から申し訳なさが込み上げてきて、自分の未熟さを痛感した。
それは、私を謙虚にさせる出来事だった。
私はいつも余裕がなく、ぎりぎりで走り続けている。休みらしい休みも少なく、命を削るように毎日を乗り切っていた。体力だって若い頃とは違うのに、無理をすればなんとかなると信じ込んでいた。これまで大きな事故なくここまで来られたのは、ただ運が良かっただけだ。ようやくその事実を認める時が来たのだろう。
「そろそろ、立ち止まれ」という警告のようにも思えた。
今回の失敗は、反省して行動を変えなければ意味がない。何がいけなかったのかをきちんと理解し、改善し、前へ進むしかない。失ったものは、また時間をかけて取り戻していけばいい。
そして、私は少しだけ自分に言い聞かせた。
焦らなくていい。ちゃんと呼吸をして、一つずつ立て直していけばいい。
そうすれば、今度こそ同じ過ちを繰り返さずに済むはずだ。
これからの私は、もう少し丁寧に、やさしく生きていきたいものだ。
