誰でも人は何か一つくらい誇れるものを持っているのではないだろうか。それは生きて、死ぬということだ。これだけで大したもんだ。
そして、静かに自分の呼吸を確かめるように胸に手を当てた。
生きること、そしていつか死ぬこと。その“当たり前”のように思っていた営みが、実は“誇れること”なのだとしたら、私たちはもっと自分を大切にしていいのかもしれない。
日々、社会の中で自分の価値を試されているような感覚になる。
どれだけ成果を出したか、何かに勝ったか、他人に認められたか。そんな基準ばかりで自分を測ってしまうけれど、何かを「成し遂げること」だけが誇りじゃない。
朝、目を覚ます。
日々、誰かと関わり、悩み、笑い、ときに涙する。
そして、眠りにつく。
その一連の営みの中に、「私という存在が確かにここにある」という誇りが宿っているのではないか。
誰かに認めてもらうための努力も素晴らしいけれど、
まずは、自分自身が「今日も生きていること」を誇りに思ってみよう。
それは逃げでも諦めでもなく、生きてきた証を抱きしめるという、確かな勇気だ。
そして、そういう視点で世界を見渡してみれば、
隣にいるあの人も、街を行く誰かも、それぞれが「生きること」を全うしようとしている尊い存在に見えてくるのかもしれない。
生きて、死ぬという、それだけのことが。
どれほどの価値を持つのか。
今日を生きた自分も、きっと「よくやった」のだと思う。
